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(妄想小説)熊のお巡りさん 第1話 [妄想小説]

「おい!おい!泣いてちゃ判らないだろ?」
 ここは、街外れの交番。公園で男が泣いてるとの通報を受け、駆けつけると、大きな荷物を抱えた大男が泣いていた。取り敢えず、ミニパトに乗せて、交番まで連れて来た。だが事情を聞こうと色々と訪ねるが、泣いて、泣いて、答えてくれない。諦めた巡査部長の斎藤謙蔵と同僚は、どうするか相談した。たまたま謙蔵が上がりの時間だったこともり、落ち着いたら話すだろうと、謙蔵のアパートまで連れて帰り、明日話を聞くことにした。

「汚い部屋だけど、我慢してくれよ!風呂入るか?」
 泣きながら男は、ウウンと首を横に振った。じゃあと、布団を敷いてやり、そこに寝ろと言うと、頭を上下に振り、だまって布団に入った。謙蔵がシャワーを浴びて、部屋に戻ると、もう男はスヤスヤと寝息を立てながら寝ていた。まるで子供みたいな寝顔だった。明かりを落とし、謙蔵も布団を敷き、早めに床についた。

 トントンと、何かを刻む音で目を覚ますと、男が台所で朝飯を作っていた。
「すみません!うるさかったですか?本当に、ごめんなさい!」
「いやっ、良いんだ!どうせもう起きないといけない時間だから・・・。朝飯作ってくれてるのか?」
「昨日、迷惑掛けたから、お返しにと思って、朝スーパーで買ってきました。あんまり旨くなくて、口に合わないかもしれないけど・・・」
 男は、飯を炊き、刻んだ野菜の入ったオムレツと、焼いたベーコンとサラダ、そして具だくさんの味噌汁に、漬け物を刻んだ朝飯を作って出してくれた。久々のちゃんとした朝ご飯を、男と向かい合いながら食べた。妙に優しい味付けだった。折角の美味しい朝ご飯を食ってるのだからと、男に男のことを聞くのは後回しにした。食事が、終わり謙蔵は、お返しにとっておきのコーヒーを淹れて出した。
「あっ、これ美味しい・・・」
「そうだろ?豆から選んで、焙煎も指定して俺好みに作ってもらった秘蔵のコーヒーだ!」
 男が、落ち着いたところで、男に事情を聞いた。男の名前は、吉川登真。宮崎出身の22歳。父親が亡くなり、登真の将来を心配した母親が、知人のつてで東京の電子機器工場の仕事を紹介してくれ、生まれて初めて地元を離れ、関東に就職しに来たらしい。東京駅に着き、迷っていたら親切なおばさんが、登真の持って居た知人のメモを見て、途中まで案内してくれたが、また乗換駅で迷い、駅員に聞くと、登真の持って居た封筒を見て、違う線だと言い、3駅戻って、一旦、別の線に乗り換え、3つ目の駅でこの線に乗り換えて行けと、メモをくれた。ところが、言われた駅に着くと、就職先の工場はもう終わっていて、鍵が掛かり入ることが出来ず困っていると、通りかかった人が、知人のメモを見て、この道を歩いていけば遠いけど辿り着くと教えてくれ、それでずっと歩いたが、真っ暗になってくるし、不安で不安で仕方なく、途中の公園で座ってる内に涙がこみ上げて来たと言うことだった。
「じゃあ、その会社の封筒と、貰ったメモを見せてみな!」
 登真の手渡した封筒とメモ書きを見て、すぐに理由が判った。登真の就職する予定の工場は、隣町にあり、バカでかい工場だ。封筒には、その工場の名前と住所が書かれていた。だが、メモ書きには登真が今後お世話になる、会社の寮への行き方が書かれていた。だから、封筒を見た人とメモ書きを見た人で案内が違っていたのだ。封筒の中も見せてもらうと、今後の予定が書かれていた。そこで謙蔵は、工場の人事担当者と、会社の寮長に電話を入れ、登真を昨日公園で保護したこと、今自分の家に連れて帰ったことなどを連絡し、これからどうしたら良いかを訪ねたところ、できれば工場まで連れて来て欲しいとの事だったので、車で登真を工場まで送り届けた。登真は、車から降りると、謙蔵が見えなくなるまでずっと頭を下げていた。

 それから1ヶ月、謙蔵はすっかり登真のことを忘れていた。すると日曜日の昼間、ひょっこり登真が交番まで謙蔵を訪ねて来た。最初に保護した時と違い、すっかり元気を取り戻し、ニコニコとした笑顔で、謙蔵へコーヒーの差し入れを持って来ていた。そこで、謙蔵は登真の持って来たコーヒーを淹れ、同僚と一緒にその後の様子を伺うことにした。
「斎藤さんと公園で登真君のこと保護した時は、困ったよ!泣いてばかりだったから・・・(笑)で、その後は、どう?」
「まだまだ仕事に慣れなくて・・・。でもみんな親切に教えてくれるから、頑張って続けて行けそうです。しっかり稼いで母ちゃんにも少し仕送り送ってやりたいし・・・」
「あれっ、これ・・・?」
「斎藤さんが好きだって言ってたコーヒーに近いかなって・・・。お休みの度に、いろいろ探したんです。そのままじゃないけど、近い味と香りのが見つかったので、初月給も貰ったし、斎藤さんにお礼にって・・・」
「へえっ、俺もことコーヒーに関してはうるさいけど、良く見つけたね!この豆、都内でも中々手に入らないんだ!もう少し焙煎を弱くすると、ドンピシャだよ!」
 登真は、それを聞いて嬉しそうに笑った。
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