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(妄想小説)熊のお巡りさん 第5話 [妄想小説]

 謙蔵は、県警の人事課に問合せして、今年の採用条件を聞き、登真の許可をもらって高校時代の成績表を取り寄せた。あと1ヶ月しかないが、10月の採用に間に合うかもしれない。学科だけ合格できれば、柔道の腕もあるし採用される可能性が高いことが判った。ただ、現在働いている工場のこともある。謙蔵は、登真の会社の人事部長に話をした。
「えええええええっ?吉川君って、そんなに凄い柔道家だったんですか?私も会長も、実は柔道ファンで、会長に話してみます!日本柔道を背負って立つかもしれない奴がうちの会社にいるって・・・」
 翌日、すぐに人事部長から電話があり、警察の試験に合格した場合、特例で会社都合による退職としてくれる手はずになった。万一、落ちても次の採用試験まで、今のままの条件で働かせてくれることになった。

 謙蔵は、警察庁から謙蔵の勤める警察署に派遣され、副署長をしている黒田警視を訪ねた。
「失礼します。斎藤警部補です。実は、個人的な、いや警察の、いや強いては警察庁の、いや強いては日本柔道界の将来の明暗を分けることになるかもしれない件でお願いに上がりました」
「えらく大層だな・・・。どんなことだ?」
「いやっ、実は勉強を見て欲しい奴がいるんですけど・・・。たしか警視、東大卒っすよね・・・。それだけ頭が良いかと・・・。できの悪い奴がいるんですが・・・。柔道の腕だけは、下手するとオリンピック出れるぐらいの奴なんです。事情があって、今、工場で働いてるんすよ。で、そいつを来月の試験で合格できるぐらいまで仕込んでもらえないかと・・・。この短期間にそこまで仕込めるほどの頭脳とテクニックを持った方って、警視しか思いつかなくて・・・。しかも、まだ独身なんで、時間も暇も持てあましてるかと・・・」
「独身とか、暇持てあましてるとか、余計なことを・・・。何だ、そんなに強いのか?」
「ちょっと大きな声では、言えないのですが、講道館の今井館長も、太鼓判でして・・・。このまま埋もれさすのは忍びないと・・・」
「今井さんが、そう言ってるなら、間違いないだろう。で、勉強の方はどうなんだ?」
「まだ始めたばかりで・・・。一応、これが高校時代の成績です。卒業して4年ほど経って、それから少こ〜しだけ、いろいろと忘れてるかもしれないですが・・・」
「本当、お前は相変わらず調子が良い奴だなあ・・・。問題は数学と英語か・・・。まあ、英語は特に試験に出ないから・・・。他の科目は、結構良いのにな・・・。仕方ない、1ヶ月だけだぞ!今日から、家に来るように言っておけ!」
「あの〜っ、ついでに飯も食わせてやってもらえると・・・」
「はあっ・・・?判った!判ったよ!合格したら、ちゃんと俺にお礼に酒の一つも奢れよな!」
「俺におれいだって・・・(笑)また〜っ、お上手なんだから!プッ!了解しました!酒でも、焼酎でも、メチルアルコールでも、何でも1杯だけ奢らせて頂きます!では、よろしく!」
「お前、どんどん安くなっててるじゃねえか!」
 後は、登真次第だ。あいつ、試験始まると、慌ててしまい緊張しすぎると言ってたからなあ・・・。

「試験どうだった?」
「・・・。今回は、少し落ち着いて書けました。それに黒田警視に教わったところ、結構出たし・・・。でも・・・」
「そっか、まあ1ヶ月だったもんなあ・・・。まあまた次の採用目指せば良い!」
 謙蔵と登真は、残念会を駅前の焼き鳥屋で開いた。翌日、警察署に登庁すると、みんなが謙蔵のことを期待して見つめてきた。謙蔵と登真のことは、もう署内では有名だった。そして謙蔵が、登真の将来のことを考え警察官になれるよう応援していることも、黒田警視が、この1ヶ月登真の勉強を見ていることも、登真が必死で警察官になるため勉強を続けていたことも、皆の周知のことだった。謙蔵が首を横に振ると、みんながガッカリした顔をした。

 それから数週間後の週末、黒木署長から謙蔵のいる交番に電話があった。
「おう!斎藤か?秘密の伝言だ・・・。良く聞けっ!・・・・・。サクラが咲いたぞ!」
「バンザ〜イ!バンザ〜イ!バンザ〜イ!」
 交番で一緒に勤務し、登真を一緒に保護した宮本警部は、突然、謙蔵が叫びだしたことに驚いたが、すぐに事情を理解し、一緒にバンザイをした。
「こらっ!秘密だって言ってるだろうが・・・。グスン・・・」
 黒木署長も泣いてるみたいだった。心配になった黒木署長が、昔なじみの県警の人事部長に、それとなく教えてもらったらしい、数日後には登真に合格通知が届くだろうと言うことだった。
 その日も登真は、交番にケーキを持って遊びに来た。登真を見た、謙蔵と宮本警部は、お互い顔を見るとニコニコと笑顔で登真に接した。
「どうしたんですか?謙蔵さんに宮本さん。やけに今日は浮かれてますね!」
「まあな・・・。良いことがあったんだよ!なあっ!ぷっ、クスクスっ・・・」

 それから1週間後、登真が県警からの封筒を持って、交番を訪ねて来た。どうしても怖くて一人じゃ見れないらしい。
「ちゃんと一緒に見てやるから・・・ほれっ、ハサミ!開けるぐらいは自分で開けなっ・・・!」
 謙蔵は、ぶっきらぼうにハサミを登真に渡した。登真は、思いきって封筒の口をハサミで切ると、中身も見ずに文書を謙蔵に突きだして来た。謙蔵と宮本警部は、二人でニンマリ笑いながら、内容を確認するとわざと大きなため息をつき、ガッカリした表情を作った。そして広げた手紙を登真に返した!
 登真は泣きそうな顔をしながら、謙蔵の差し出した手紙を受け取ると中身を読み始めた。その瞬間、謙蔵と宮本警部は、登真に向けて用意しておいたクラッカーを鳴らした!
「おめでとう!登真っ!合格だってよ!」
 登真の目から涙がこぼれ落ちた。謙蔵も宮本警部も、一緒に泣いた。
「それにしてもよお、本当、お前、ここで泣いてばっかりだな!」
「ヒックっ・・・。謙蔵さんだって・・・」
「俺は、少なくとも今回が初めてだよ!」(終わり)
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